今更、電通の鬼十則を読んでみた
先日たまたま友人との会話に出てきた「鬼十則」。
そう、2年ほど前に起きた電通社員の過労死自殺を受けて、消えてしまった社訓である。
ニュースでは、「殺されても放すな」というフレーズが入っていたため撤廃したという報道が流れた。
その頃はニュースを見ながら「ふーん…」程度で聞いていたし、十読む気もなかったけれど、たまたま友人が「本あるよ」という話になり、改めて凝視した。
そこにはツッコミどころがたくさんで・・
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1. 仕事は自ら創るべきで、与えられるべきでない。
→そもそも電通は代理店であって事業会社ではない・・
2. 仕事とは、先手先手と働き掛けていくことで、受け身でやるものではない。
→クライアントの予算、意思決定が合意がない限り、先手で動くとタダ働きです。
3. 大きな仕事と取り組め、小さな仕事はおのれを小さくする。
→小さな仕事をさもビックプロジェクトと言うのは得意そう。
4. 難しい仕事を狙え、そしてこれを成し遂げるところに進歩がある。
→簡単なことでも難しいと周囲に言う。
(「忙しい」を連呼するのも同じ)
5. 取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……。
→クライアントから出禁になっても、エントランスでウロウロしている営業の話は聞いたことがあります。
6. 周囲を引きずり回せ、引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる。
→周囲って下請け会社とかキャスティング会社とか・・?
7. 計画を持て、長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。
→納期伸ばしても各過程でフィーを請求できる仕組みづくり。
8. 自信を持て、自信がないから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚味すらがない。
→「根拠がない自信を持て、〜」の間違いでは?
9. 頭は常に全回転、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ。
→頭を動かしても、手は動かさない。
10. 摩擦を怖れるな、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる。
→摩擦は怖れなくても、派閥は怖れている。
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・・なんだか、「欲しがりません、勝つまでは」みたいだな。
それもそのはず、この社訓は終戦6年後の1951年に電通の第4代社長 吉田秀雄が制定したもの。以来、半世紀以上に渡って大企業の社訓となっていたわけです・・
要するに、昭和から平成に変わったところで、一企業の戦争は続いていたんだと。
社員の過労死事件を受けてうやむやに葬りさられた社訓。
もし事件がなかったら、令和まで続いたのだろうか。